帰ってきた!いけちんのずれずれ草

12年間続いた、ずれずれ草が帰ってきた!

今更ながら3.11~5〈終〉

白山を登り本郷通りを横切って団子坂方面へ。
この辺は車道、歩道の別はないが、
車の通りも少なく歩きやすい。
右手には八百屋だろうかはっきり覚えていないが
スーパーのような店を見る。
そこには野菜やら食品が多く並べてあり、
「この後間違いなく物不足になるであろう。
 今何でもいいから買って帰るか?」
と自問自答するも沢山買い込みここから持って歩くのも大変だ、
近くのスーパーに寄る事にする。
最後の山下り団子坂にさしかかる。
ここの坂は結構急だ。下りだからいいがそれでも歩きづらい。
そう言えば小学生の時ここを自転車で上がり1回で嫌になった。
ちなみに明智小五郎が初めて登場した
江戸川乱歩の「D坂の殺人事件」はこの団子坂のDから来ている。
坂の下り際にまぁまぁおいしい大島ラーメンがある。
いつもは他の店で食べ、ここで食べたことはないが
見ると結構人が入っている。
そう言えばこの道すがら、いろんな店に結構あきらめた人たちが
飲んだり食ったりしていた。
確かに会社を出るときには、
「今日は朝まで飲めばいい。すいてそうだし
 安く飲めるんじゃないの」
なんて言われたが、時としてこうした諦めも肝心だ。
団子坂を下り終え後はフラットだと思うと少しホッとする。
あともう一息だ。

そこは不忍通り。相変わらず渋滞と思いきや
流れているほどではないがぎっしり動かない事はない。
まぁこの道はどこにつながるわけでもないからかな。
足はこの道ではなく、ほぼ並行にある商店街
谷中よみせ通りへ。
ここは道幅もありあまり車は入ってこないので安心。
通りにはなかなか人出もあり、いつもの姿だ。
地震があったことを感じさせない。
ちょっと拍子抜けする。
まぁ特に被害がなさそうなのだからこれに越したことはない。
道灌山通りに出ていよいよ西日暮里の駅にたどり着く。
もう帰ったに等しい。
駅はまだ不通だがホームの照明がこうこうと明るく点いていて、
まるでマラソンのゴールで出迎えてもらっているように見えた。
そこから家までどう帰ったか覚えていない。
いつもと同じだからだろうか?
玄関を開け、家族の顔を見てようやく帰ってきたと実感。
時間は7時40分。2時間半位の道程だった。
落語の黄金餅で言えば
「麻布絶口釜無村(あざぶぜっこうかまなしむら)の
 木蓮寺(もくれんじ)に着いたときにはずいぶんみんなくたびれた。 
 あたしもくたびれた。(志ん生)」
もう少し早く着けるかと思ったが、3つの坂越えはさすがにきつかった。
おかげですっかりスーパーに寄るのを忘れていた。

〈この項終わり〉