帰ってきた!いけちんのずれずれ草

12年間続いた、ずれずれ草が帰ってきた!

行くぞ品川待ってろ銀座あれに見えるはビッグサイト 13 ライオンに追われて

東京マラソンにはいろいろな仕掛けがある。
コース上に何カ所か撮影ポイントがあり、
カメラマンが走っているランナー達を
無差別にバカスカ撮影し、
それを後であっしらに売りつけるイイ商売。
2,3年前のファミリーランの時も
短いながらゴール間際に撮影ポイントがあり撮られた。
知っていたので、とりあえずカメラの前では
元気なフリをする。
ここ浅草でも2カ所の撮影ポイントがあり
グダグダながらも虚勢を張ってポーズを取る。
BlogPaint
後ろは吾妻橋交差点の神谷バー

こうした走ってるところは貴重な画像だが、
ちょっとこれが高い。
ホントイイ商売だ。
だけど、もう二度と走れないかもしれないので
とりあえず買いました。

虚勢を張りながらも前へ進む。
もう5時間ぎりは諦め、悲しいかな
目標を失った孤独のランナーと化した。
脚は相変わらずだが、
浅草までは、走ってピクピク痙攣するまでの間隔が
長かったが、だんだん短くなってきたようだ。
ホンにヤバい!スッげーヤバい!
今風に言うとヤバいは、肯定的な意味みたいだが
今のあっしにとっちゃ極限的な否定だ!
チクショー!
ペースは落ちながらもこの痙攣さえなかったら
そこそこ自分の走りはできるのに・・・
悔しい。ホンに悔しい!
いっそのこと、
痙攣しても構わず走り続けようかと思い、
ちょっと試すも
痛みが激しくなり、本格的につってしまう。
それに加えて筋肉が断裂するような
感じに襲われる。
これが肉離れってことか?
もう休み休み東京マラソンを楽しむしかない。
サッカー日本代表の元監督
オシム氏がジェフ千葉の監督時代、
厳しい練習で故障者が続出したことを聞かれ、
「ライオンに追われたウサギが足を肉離れしますか?」
と、言ったそうだが、それを思い出した。
さすが戦火の混乱にあった国から来た人だ。
東京マラソンにライオンはいないが、
いたとしたら間違いなく食われている。
変な意味でこのオシム氏の言葉には救われる。
しかし、もうこの状態だと走っているのか
歩いているのかもよくわからない。
かなり自分でもグダグダになってきている。
この日一番のツラいピークに達している。

ちょうど30㎞、浅草橋のポイントだ。
魔の30㎞と言うけれど、まさしくその通りだ。
前出のアミノバイタルも最後の30㎞地点で
「これを飲んでください」と言われたやつも
浅草を過ぎたあたりで前倒しで摂取した。
BlogPaint
それでもヘロヘロ。何やってもダメか。
本当にいちばん長い日を迎えた気がした。
でも、30㎞の関門閉鎖の時刻が13:56
今が13時くらいだから1時間弱の余裕も出てきた。

もうこうなったら、この先もこのまま行けば
関門封鎖の憂き目がなくなったと思い。
ちょっとホッとしたせいか、
今の状況を冷静になって分析してみた。
よく脱水症状の前段階で筋肉がつるような話をきく。
スタート前のトイレ問題のせいで
水分を控えた結果がこうなったのか?
それと同じかもしれないが、痙攣するというのは
塩分不足が原因とも聞いた。
やはり、朝は食べたがほとんど昼抜きで走って、
エネルギーもとぼしく汗をかいて塩分が
不足した結果なのか?
今となっては、マラソン祭りのまっただ中でも
あとの祭りなのだが・・・
それでも、
ヘロヘロでグダグダにボロボロの状態でも
沿道の人たちは本当に温かいし、和む。
このあたりから、「冷却スプレーあります」の
ボードを掲げてランナーのケアをする人多数。
さすがマラソン後半ならではだ。
また、30㎞前後のどの辺りかは覚えていないが、
上の子は5歳くらい、下の子は2,3歳くらいの
姉妹がしっかりと手をつなぎ
上のお姉ちゃんの手には恐らく
チョコや飴が入っている箱があった。
下の子は知らない大人達が走っているのを
不安そうにお姉ちゃんの手をしっかりと
握りしめながら眺めている。
お姉ちゃんはニコニコしながら、
たまには「頑張れー!」って言っているみたいだ。
ホンに可愛らしく思わず目を細める。
しかし、あん時のあっしには
チョコを受けとる余裕も
ハイタッチする余裕も
カメラを向ける余裕もなかった。
だからこの辺りの画像はないンだよねー。
でも、あの姉妹にはこのマラソンの中で一番癒された。
ありがとう!

走って歩いて、なんとか久松町まで来ると。
はとバスが反対車線25㎞関門の
リタイヤランナーを乗せていた。
こんなところでは終われない。
いちばん長い日なんだから、まだまだ楽しむ。
ツラいけど楽しもう。
そんな気持ちに切り替えたら
この日、それ以降時計を見ることはなくなった。

(つづく)