コロナも見通しがまだまだつかない昨夏。
何にもしなくとも、髪は生えてくる。
夏の盛りの8月15日、終戦記念日。
いや、ヲタ的にはカゲロウデイズか、
暑い日差しの中、髪を切りに行きつけの床屋に向かう。
場所はといえば、浅草田原町。
田原町の駅から数分にあり、通りに面しているので
大通りからいつも向かっていたが、
その日はなんかショートカットする。
はじめて入った通りには、お寺が立ち並ぶ。
さすが寺町、浅草だ。
そこに、何やら異様な壁が目に入る。
「なんじゃこれ?」
前回が久々の画像ゼロだったので、その反動でいっぱいアップした。
落語好きが知らずにここを通ったら、
間違いなく見入ってしまう。
床屋の時間も迫っていたので、塀だけしげしげ眺めて
髪を切りに行く。
切っている間、気になって、気になってしょうがない。
床屋の若旦那に聞いても全く知らないという。
床屋を後にして、真っ先にこの寺に向かう。
境内に入ると案内文があった。
ここは浅草、本法寺。
隣にも案内が、、、、
ああああ、話に聞いた。「はなし塚」だ~!
戦中、時世に合わない艶噺や非道徳的な噺は
禁演処分となり、ここにある塚に納めたという。
これも、戦時遺産といって差し支えないかも。
もちろん、戦後解禁となったわけだが、
「あくび指南」を取りざたして、
「もう少し、建設的な噺をしたほうがいい」
と、言われたそうな(笑)
民政局GSのケージス大佐が言ったかどうかわ定かではないが、
落語に建設的な噺ってあったか?(笑)
先人の苦労がよくわかる。
しかし、肝心な塚の画像がどーゆーわけかない(笑)。
スミマセン。
というわけで、ネットから拾ってきました。
今度床屋に行ったときに改めて画像を確保します。
しかしながら、はなし塚はわかったが、
スポンサー広告のような塀の由来はよくわかならかった。
(つづく)