帰ってきた!いけちんのずれずれ草

12年間続いた、ずれずれ草が帰ってきた!

失業、難民、放射能

もうじき2020オリンピックが決まる。
いまだに反対派が根強いけど
何とか東京でやって欲しい。
以前から「東京オリンピックの頃はね~」と
あっしの生まれる前の往時を
よく大人から聞かされていた。
自慢話ではないにせよ、
聞いていてどうしようもない。
こうした現象は自身の趣向である
落語にせよ阪神にせよ、良く聞かされた。
落語で言えば、
文楽志ん生はよかったなぁ、
人形町でよく見たモンだ」
「昔、ここ(神田須田町)には
立花亭という寄席があってね・・・」
などと、落語好きのあっしに話すのはイイが
もう、いてもたってもいられない。
まぁ近年、志ん朝、談志が鬼籍には入り、
幸か不幸か同じことが
言える身分にはなったけど。
阪神にしてみても、優勝を知らずに生きてきた。
「優勝をしてから~僕らは生まれた~」なんて
戦争知らない子どもたちの替え歌まで世に出た程。
優勝した頃のバッキー、村山、に
思いを馳せてもしょうがなかったが、
高校を卒業した年に何とか奇跡の優勝を果たした。
昭和60年10月16日午後9時59分。
あの日、あの時、神宮で胴上げを見てました。
生きてて良かったと心底思えた瞬間ではあった。
そう言えば東京オリンピックの年に
阪神は優勝したっきりだった。
そう、あとは五輪だけだ。
冬こそ札幌と長野があるものの
夏の五輪は生まれてから無い。
何とか生きているうちに経験したいもんだ。


絶対的に東京有利と言われてきたが、
周知の通り今や三すくみ状態。
どの都市でも問題有。
マドリッドは経済状況の深刻で
失業問題が根強く残る。
カネもないのに五輪とは・・・
イスタンブールはかわいそうにお隣の国情が
やばくて、すでに難民も流入している。
混乱は必至だ。
東京は言わずと知れた原発問題。
放射能に脅かされている。
どれをとっても負の遺産がついて回る。
どこに決まってもIOC委員からすりゃ
「どこでもいいかぁ」ぐらいの気持ちか?
こういうのを昔風に言えば
デモシカ五輪とでも言うのだろうか?